スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

バイブル・ショートメッセージ

イエス様の十字架の謎 
  十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、
                                救いを受ける私たちには、神の力です。
           
                                    第一コリント1章18節



                       十字架イラスト

 もう春ですね。そして、イエス様の復活をお祝いする季節がやって来ました。でも、その前に「受難週」を通らなければなりません。
 「受難週」というのは、イエス様が死から甦る直前の一週間のことで、それはイエス様にとっては生涯の中で、もっとも辛く苦しみに満ちた十字架、そして死に至る日々でした。
 しかし、イエス様の「死」は、普通の人とは違って、とても大きな意味が隠されています。
 イエス様は、なぜ、十字架にかけられたのでしょうか?

 十字架にかかるのは、もっとも重い罪を犯した者と決まっています。たとえば、強盗殺人を犯したとか、何人も人を殺してしまったとか、そういう人が裁かれるために十字架に付けられたのでした。ところが、イエス様はもちろん、そのような罪を犯してはいませんでした。実は、当時、イエス様の裁判を担当したローマ総督ポンテオ・ピラトという人物は、こう証言しています。

   「あの人がどんな悪いことをしたというのか。あの人には、死に当たる罪は、何も見つかりません。」

 そうです!裁判官である総督ピラトがはっきりとシロ(無罪)であると言っているのにもかかわらず、イエス様は無残にも十字架に付けられてしまったのでした。罪のないはずのイエス様が十字架に付けられたのには、少なくとも二つの理由があります。


 まずその一つ目の理由は、当時のユダヤの宗教的指導者(祭司長・律法学者・長老)たちの策略によったのです。 
 彼らにとってイエス様は、自分たちの持っている地位や名誉・既得権を脅かす、実に目の上のたんこぶのような存在だったのです。イエス様は、当時の宗教的指導者たちの「偽善」「高慢」「地位や名誉にしがみつく態度」を明らかにしました。真実の愛を説いて実践し、さらに人間の罪深さを明らかにするイエス様に対して、彼らは何としてもこれを抹殺しなければならないと考えたのでした。
 そういうわけで、彼らはユダヤの民衆を説き付けて、「十字架につけろ!十字架につけろ!」と総督ピラトに向けて叫ばせました。そして、ついにこの民衆の声が勝って、ピラトはイエス様が無罪であると知りつつも、イエス様を十字架にかけることを許可したのです。

 
 さて、イエス様が十字架に付けられたもう一つの理由は、それが神様のご計画だったからです。 
 罪のない聖なる神の御子イエス様を、罪深い私たち人間の身代わりとして十字架に付けることは、最初からの神様の計画でした。それは、罪深い私たち人間を救うための神様の方法だったのです。私たち人間のすべての罪をイエス様が負ってくださり、その罪の刑罰を私たちの身代わりに引き受けて下さったのです。
 ですから、イエス様はご自分で何の罪も汚れも咎もない方であるにもかかわらず、私たち罪人が受けるべき「神の怒り」、「一切のはずかしめ」、「すべての刑罰」を十字架の上で受け取って下さったのです。つまり、イエス様の十字架のすべての苦しみは、私たちのために味わわれたのです。
 それで神様は、誰であっても、イエス様を救い主として信じる者のすべての罪を赦し、神の子供として受け入れ、永遠のいのち与えて下さるのです。

 
2千年前に、あなたを愛して、あなたのために身代わりになって死なれた方がおられます。
 あなたのそのすべての罪を背負って、釘打たれ、血を流し、その命を捨てて下さった方、それは、あなたの救い主イエス・キリストです。
 父なる神様は、あなたがイエス・キリストを救い主として信じ受け入れ、心にお迎えするならば、あなたの罪を赦して真の命を与えて下さいます。そして、復活されたイエス様が、あなたと共にその生涯を歩んで導いて下さいます。
 あなたも、ご自分の罪を認めて、救い主であるイエス様を信じませんか?

プロフィール

kibiseiyaku

Author:kibiseiyaku
吉備聖約キリスト教会

FC2カウンター
カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。