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バイブル・ショートメッセージ

  「死」のメカニズムとその解決 その5

 罪からくる報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。
                        ローマ人への手紙6章23節
 

 
             
          
         十字架のイエス


 これまで、「死」のメカニズムを見てきました。このメカニズムは強力です。誰も、この「死」から逃れることが出来ず、さらに、誰も、死後に受ける神様の御前における「さばき」を免れることは出来ません。
 今は、まだ「先のこと」と思い、心を和ませてくれるこの世の「あれやこれや」に慰められて直視することから逃げられるかもしれませんが、必ず、誰しもその時を迎えることになります。体を健康に保ち、人生の荒波にも耐え忍び、あらゆる危機も乗り越えて、充実した人生を送って来た・・・、しかしその最後に、「死」は私たちを待ち構えており、うまく誤魔化して考えないようにして来た「私たちの罪」が最後に、私たちを「永遠の滅び」に定めることになります。

 しかし、このような結末を迎えることが、私たちに対する神様の御心では絶対にありません。神様は私たちを愛し、私たち一人ひとりを愛しておられるので、このような最悪の結末に陥って行くのを黙って手をこまねいて見ておられることはありませんでした。
 ところが、神様は不正のない正しい完全な「義の審判者」「正しい裁判官」であられるので、罪深い者を正しいとしたり、汚れた者をきよいとすることは出来ません。罪に目をつむり、なかったことにして、私たちを無罪放免にするなどということはありえないことです。偽りを憎み、不正を忌み嫌い、永遠に義をまっとうされる神様は、ご自身の「義」を曲げて私たちを「罪なし」とすることは、これまた絶対に出来ないのです。

 「愛」なる神様は、私たちを憐れんで「罪を赦してやりたい」と願われる。しかし一方で「義」であられる同じ神様は、「さばきを絶対に曲げるわけにはいかない」。この相反する二つのことを一つに結び合わせるために、究極のたった一つの方法を採られました。それこそは、愛する御子イエスを人間としてこの地上に遣わし、この聖(きよ)い、罪のないお方を、私たち滅びるしかない「全人類の身代わり」として十字架に付けて、断罪し、罪のあがないを成し遂げさせる・・・という方法でした。
 2千年前に人類の歴史上に現れ、私たちと同じ一個の弱い、はかない、小さな人間となってこの地上を歩んで下さった御子イエス・キリスト。このお方が、十字架の上で死なれたのは、ご自分の罪の故ではなく、私やあなた、そして罪深く、「死」のメカニズムのただ中で永遠に滅んでいくしかなかった全人類のためであり、私たちの身代わりに「罪の刑罰」「辱め」「激しい苦しみ」「死」の一切をご自分のものとして引き受けて下さったのです。

 このお方は、あなたと関係のない方ではなく、あなたのために身代わりに死んで下さった方であり、唯一の真の救い主なのです。このお方を救い主と信じる信仰によって、神様は、信じる者の罪をイエスのゆえに永遠に赦し、真のいのちを与え、天の御国に迎え入れて下さいます。イエス様は、十字架の死から三日目によみがえり、まさに、「死のメカニズム」を打ち破り、ご自身こそ「死」ではなく「いのち」を与えることの出来るお方であることを示されました。 
(次回に続きます)
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吉備聖約キリスト教会

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