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ショートメッセージ

  「この世の闇に輝く光」


    光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。                    

                                      ヨハネ1章5節

          十字架写真
 

 東日本大震災から一年が過ぎました。「復興」という言葉とは程遠い被災地の現状を見聞きする度に、心は重たく沈みます。町や村が根こそぎ津波で押し流され、大切な家族や愛する人を奪われ、家や持ち物、地域のコミュニティを失ってしまった悲しみや絶望感は、とうていこの一年で癒えることはなかったでしょう。

「神も仏もない・・・」。被災した人やむごたらしい惨状を目の当たりにした人の口からこんなつぶやきが漏れる時、私たちは言葉を失い、ただ沈黙するしかありません。「この世で地獄を見た・・・」とポツリと話すその人に、いったいどんな言葉を掛けることが出来るでしょう。じっと黙って手を握って、静かにうなずくだけで精一杯ではないでしょうか。

私たちは、絶望の中にいる人々に対して、上から目線で何かを教えようとしたり、何かを押し付けようとするべきではありません。そうではなくて、その人のために黙々と無償で仕えて奉仕することが大切でしょう(なかなか出来ませんが・・・)。でも、もし機会が与えられたならば、「○○さん、実はね、あなたを愛して、あなたのために身代わりに死んで下さった方がいるんですよ」と私はぜひ伝えたいのです。

  正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。                        
                                 ローマ書5章7~8節

「死」「悲惨と絶望」「辛苦」「悲しみ」「悩みと孤独」「人間のすべての罪」等々、これらのすべてのものがイエス様の十字架の上にあります。救い主は、私たちを愛して、私たちを救うために、これら一切のものを私たちのためご自分の身に引き受けて下さいました。罪深い私たち人間にこそふさわしい十字架に、罪なき聖なる御子イエス様が私たちの身代わりに釘付けられて下さいました。そこには、私たちに対する神様の愛、イエス様の尽きることのない愛が溢れているのです。

しかし十字架の死は、終わりではありませんでした。イエス様は「死」から甦って、今日もとこしえまでも生きておられます。この死に打ち勝たれたイエス・キリストこそは全世界のすべての人にとっての唯一の希望の光です。なぜなら、このお方を信じる者には、すべての罪の赦しと共にイエス様の持つ「復活のいのち」が与えられるからです。

 あなたが救われ(罪赦されて復活のいのちが与えられ)て、本当の祝福を得ることが出来るために、身代わりになって死んで下さった方・・・。この方こそ、イエス・キリストです。どんなにあなたの状況が暗く闇に閉ざされていたとしても、このイエス様が永遠の光、希望の光、愛の光として輝いて下さいます。どんな時にも、あなたを守り、あなたを支え、そして力強く導いて下さいます。

 あなたも、救い主イエス・キリストを心にお迎えしませんか?

 

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